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2011年 08月 28日
この夏、もうひとつの『ワシントンハイツ』が新潮文庫から誕生しました。
大手書店だと、ペリドット(黄緑)色の帯のグループが、平積みになっていますので、そこからみつけてくださいね。 本文も少し加筆・修正していますが、文庫版あとがきには、電気・原子力の日米関係を書いています。ぜひご高覧を。
# by satocantik | 2011-08-28 13:18
2010年 12月 15日
先日「ラジオ深夜便」を聴いてくださった多くの方々から、お問い合わせをいただきました。ありがとうございます。
『ワシントンハイツ』は増刷中で、週明けには各書店に並びます。しばしお待ちください。 また、新しいブログのアドレスはこちらです。ぜひご高覧を! http://www.akiosatoko.com/blog/ # by satocantik | 2010-12-15 08:24
2010年 08月 05日
6月末に出た第二版は、帯を赤に変えて書店に並んでいます。平積みのところもありますので、ぜひ見てやってくださいね。
# by satocantik | 2010-08-05 09:35
2010年 06月 19日
明治神宮の森の菖蒲園で吉報を受けたときの写真は下記にアップしました。
http://www.akiosatoko.com/blog/ # by satocantik | 2010-06-19 03:59
2010年 06月 17日
昨日、「日本エッセイスト・クラブ賞」の最終選考会が開かれ、拙著『ワシントンハイツ:GHQが東京に刻んだ戦後』が選ばれました。
偶然ですが、前日には増刷が決まり、28日には第二版が書店に並びます。 これまで支えてくださった皆さまに心より感謝申し上げます。 ありがとうございました。 # by satocantik | 2010-06-17 08:57
2010年 06月 01日
今日から6月。ホームページも衣替えです。 表紙の写真は、私の洋服、もしくは和服から切り取った花柄です。 初夏の風を運んでくれます。 新しくAKIO COLLECTIONが加わりました。 大人可愛いアラフィをめざし、記録していきます。 アーカイブなど一部引越しは完了していませんが、ぜひ覗いてみてくださいね。 http://www.akiosatoko.com/ 先月から100日リレーで、ハニカムブログにコラムを書いています。 こちらにもぜひお立ち寄りください。 http://blog.honeyee.com/sakio/ # by satocantik | 2010-06-01 05:00
2010年 05月 25日
65年前の今日、正確には夜になるが、渋谷、表参道、麻布界隈に米軍のB29から焼夷弾が落とされ,大勢の人々が亡くなった。この夜の空襲は「山の手空襲」と呼び、3月10日の「下町空襲」と区別している。
表参道交差点の安田銀行(現みずほ銀行)の前には、犠牲になった人々の遺体が幾重にも重なっていた。翌朝、日本軍の兵士がやってきて、遺体をスコップですくい、トラックの荷台に投げ入れていったのを人々ははっきりと記憶している。 毎年、夏になると、戦地で亡くなられた方々のことは話題にのぼるが、食べたいものもガマンして本土を守った非戦闘員が空襲で命を落とした事実にこそ、もっと思いを馳せるべきだと私は常日ごろ考えている。 この話はハニカムブログに少し書き、詳細は『ワシントンハイツ』第一章に記しているので、ぜひ読んで欲しい。 さらに興味のある人は、今日の慰霊祭に行かれることをお薦めする。場所は、表参道交差点LVMH裏の(信州の)善光寺別院である。 空襲で命を落とされた方々のご冥福を、心からお祈り申し上げます。 # by satocantik | 2010-05-25 09:49
2010年 05月 11日
本日午後5時より、ハニカムブログに登場します。
100日間のリレーだそうです。 ぜひご高覧を! http://blog.honeyee.com/sakio/ 私的なことがらは、新しいHPに書くつもりですが、 準備中につき、いましばらくお待ちください。 # by satocantik | 2010-05-11 16:07
2010年 05月 10日
米軍基地がなくなったら、どうなるのだろう。
そんなシミュレーションをするのがマスコミの役割と思ってきたが、昨夜のフジテレビMr.サンデーでそれを取り上げていたのが興味深い。もっと色々な番組で議論すべきだ。 このままいけば、アメリカが日本を切り捨てることも十分にありうるのだが、そのとき日本政府はどうするのだろう。 当然、自衛隊を国軍化する声も出てくるだろうし、非武装中立国として貫き、自国防衛だけを考える選択もある。そうしたことを、米軍を追い出してから考えるのではなく、いまごろから議論すべきではないか。選挙の争点にしてもいいくらいだ。 それに、沖縄経済はどうなるのだろう。フィリピンのスービックのような経済特区にすることで、米軍施設で働いた人々全員に、平均年収400万円の仕事がまわるとは思えない。これまでのように無税とはいかないし、米兵が町に落としたお金も当てにはできない。電力もガスも需要が激減する。政府からの補助金が打ち切られれば、地元のゼネコンはたちまち経営難に陥るはずだ。 沖縄の問題は、市民の嘆きだけでは見えてこない。そうした声を利用して、誰がどう潤ってきたかを考えてみる必要がある。歴代の首長たちが全員、市民の味方とは限らないと私は考えている。 # by satocantik | 2010-05-10 23:17
2010年 05月 09日
このところ、恩師のイベントが続き、ドタバタと忙しい日々が続いている。あえて言い訳をすると、ブログを更新できずにいたのも、そのことと無縁ではない。
ひとつは上智の大学院教授・寺田勇文先生還暦のお祝い。もうひとつは、15日に朝日ホールで開かれる書家・石川九楊先生の講演会である。前者は世代を超えたゼミ生、後者はいろいろな職種の塾生、いずれも素人による手作りなので、遅遅として進まないことも多い。恩師への感謝の気持ちを形に出来るのは嬉しいのだが、素人でチームを組むのは時間がかかる。 金曜日は書の稽古の後、20時から打ち合わせが始まった。全体の運営から入ったので、演出にまつわる打ち合わせは23時半から。シナリオを任された年配者がワープロを打てないため、司会の私が打ち込み役を担うことになる。最初にシナリオを手がけた人の思いも尊重しつつ、途中から採択されたその年配者の案を尊重しつつ、両方に不満が残らぬように打ち変えて昼に完成させたものが、この打ち合わせで一気にひっくり返る。お二人が手探りで構成案を出していたのだが、どうやら先生の気持ちに追いついていなかったらしい。それでも、石川先生の意思が確認できたので、私としては、そこに沿って作り変えればいい。これで楽になった。案を出した人たちに気遣わずに済む。 土曜日は教授還暦の祝宴の日。その前に一本打ち合わせを入れ、その後、準備に入る。こちらは青山の「フィアットカフェ」が会場で、赤を基調にした会場は、還暦にうってつけだ。 先生には秘密裏に進める祝宴運営は、先生の鶴の一声とはゆかず、価値観や意見の違う若い世代との擦り合わせが簡単ではなかった。一般社会とは一線を画す、大学院という場での若い世代の考え方が想像以上に自分とは乖離していて、現在の日本社会で起きていることの断面を見た思いである。 夜は「自分が主役になることは人生にそうないから」とにこやかにおっしゃる先生に、三次会までご一緒した。なるほど、「結婚式は(主役率が)半分」なのだから、出版記念会や還暦、退官のお祝いと、限られた機会のみ主役を張るのは確かである。 世代をつなげる中心的役割を担った研究者夫婦によって、心温まる文集も作成された。今日になって読み返して、改めて先生の生きざまそのものが、現在、研究者として活躍している人々に大きな影響を与えてきていることを確認する。 私自身は、教育者とはこうあるべきだ、と寺田先生を尊敬してきた。研究者としての資質と教育者としてのそれが共存する人は、そうはいない。 院生だったころから、還暦のお祝いは自分が開くとイメージしてきた。研究者にならなかった私はゼミ生のなかでも異端児のままだが、それでも、そう名乗りたくなること自体、先生の魅力を物語っていると私は思う。 # by satocantik | 2010-05-09 07:56
2010年 04月 30日
戸塚の日立病院から東京に戻り、東銀座へ。自分が観にいったときに写真を撮りそびえれたので、歌舞伎座を外から撮影しようとしたのだが・・・・。
まあ、ものすごい人だかりで驚いた。男女を問わず、中高年の方々がたくさん。携帯カメラもあれば、小さいデジカメも、本格的な一眼レフを抱えたおじ様、おば様がいらした。デジタル化でカメラマニアが増えたということなのだろう。千秋楽あたりからニュースで取り上げられていたため、最後にカメラに収めたいとかけつけた風だ。 「日本の伝統芸能の灯が消えて・・・」というおじ様のつぶやきが聞こえたが、日ごろ関係なく生きているようで、いざ壊されるとなると、歌舞伎座は日本人の心の糧でもあったことに気づいた人も多いに違いない。 それにしても、対岸から撮影しようとすると、交通量の多いことに驚く。それも工事関係の大きな車ばかり。そんな場所に、歌舞伎座のような小屋が残ってきたこと事態、尊いと思う。 残念ながら、私は閉場式に参加できなかったが、林真理子さんは行かれた模様。夜、ミッドタウンの「ユニオンスクエア東京」で開かれたエンジン01教育委員会に歌舞伎座から駆けつけ、遅れて出席された。きっと、そのお話はエッセイに登場すると思う。 # by satocantik | 2010-04-30 23:38
2010年 04月 29日
5月8日に開かれる恩師の還暦のお祝いの打ち合わせを経て、西麻布のSWITCHへと急いだ。昨日が最終日という、安藤モモコさんのリトグラフ展を観にいくためだ。
モモコちゃんは、奥田瑛二さんと安藤和津さんの長女である。映画監督としての活躍もめざましく、現在ユーロスペースで上映されている「カケラ」も好評だ。 それにしても、なかなかの才能である。絵を学ぶためにイギリスに留学していたのは知っていたが、リトグラフは今回が初めてだという。なのに、とても初めてとは思えないインパクトだ。実際、その個展で何枚か売れたらしい。 これから世界が貧困に向かうとしても、しかし、自分で立てる才能の持ち主は将来有望だ。 「食べられるかどうかわからない」という母親の心配もあるが、しかし、アートに国境は関係ない。これからは、中国人がクライアントになるかもしれず、ひたすら若い才能が羨ましいと感じた一夜であった。 # by satocantik | 2010-04-29 08:52
2010年 04月 27日
大学院の恩師の還暦記念文集へ寄稿するために原稿を書いた。自分ではすっかり忘れていた博士課程前期の日々を辿り、懐かしかった。
当時のインドネシア情勢を振り返る意味で、拙著『運命の長女:スカルの娘メガワティの半生』を読み返した。スハルト政権を倒せるかどうかの瀬戸際の話が、実に面白い。民主化推進派の知識人親子と一緒に別荘で過ごした夜のことなど、リアリティに満ち溢れ、我ながら読んでいてワクワクする。歴史の転換点に立ち会うとは、そういうことなのだ。 絶版になってしまい、図書館かアマゾンのUSEDでしか手に入らないが、機会があれば、ぜひご高覧あれ。独裁政権の転覆劇のさなかに居合わせ、リアリティを持って語られることはそうあることではない。なるほど、アジア太平洋賞特別賞を頂いたのも頷ける。インドネシアに興味のある人ならなおのこと、ぜひ一読を薦めたい。 # by satocantik | 2010-04-27 17:10
2010年 04月 24日
神宮前のユナイテッドアローズが新しくなり、火曜日はそのオープニングパーティだった。
もちろん洋服は男物で私のテイストではないのだが、浴衣を誉田屋山口源兵衛が手がけていることから、足を運んだ。 いやあ、面白い。私が男だったら、着たいデザインばかりだ。家紋のようにウサギが描かれているかと思えば、その耳がぐーんと伸びて、刀になっていたりする。桃山時代のデザインだ。私の周囲の誰か、似合う人がいたかなあ。教えてあげたくて仕方ないのだが。 # by satocantik | 2010-04-24 23:49
2010年 04月 20日
昨日はエンジン01総会の後、エンジン塾、そして二次会へと流れ、今日は二日酔いだ。それでも、再発した顎関節症のために、戸塚の日立病院まで出向く。
戸塚駅には駅ビルトツカーナが完成していた。なんだかとってつけたようで、町の印象と乖離して違和感がいっぱい。おかげでタクシー乗り場が遠くなり、なんとも不便なことである。 なぜ、こんな地方都市ならどこにでもあるようなビルを建ててしまったのだろうか。もう少し、個性的な建物にすれば、話題にもなったのだろうに。街の人からも現段階では不評のようである。 # by satocantik | 2010-04-20 23:48
2010年 04月 18日
昼間、美容院に行き、仲御徒町の「多慶屋」でコーヒー豆を調達し、帰宅。土曜日に贅沢をしたのだから、日曜日は冷凍庫の中を整理しながら、アリモノの食材で間に合わす。人生、のメリハリた大切。
明日はエンジン01の総会なので外に出るが、当面は外食は控え、図書館通いの日々を送ろうと思う。 それにしても、このところの天変地異。思いもよらないアイスランドの火山爆発には、世界中が驚いたのではないだろうか。リーマンショックの折の金融危機同様、欧州全体がその被害にあっている。物流が障害となることで、近々、その被害は世界全体に広がるだろう。グローバリゼーションへの警告のようにもとれるのだが。 この2年ほど、ある友人は過剰に食物汚染に敏感になり、家でパンを焼いたり、ワインを造ったりと有機に敏感になっていたのだが、日本に十分な食糧が回ってこなければ、体に悪影響があるかどうかなどと、こだわる余裕もなくなる。口にするものが無農薬だの、いい油だの、言ってられなくなるのではないだろうか。 以前からあちこちで触れ回っていたことだが、やはり家庭菜園に限る。私もそろそろ、ベランダ菜園の体制を整えなければと真剣に考えはじめている。 # by satocantik | 2010-04-18 23:46
2010年 04月 17日
久しぶりに「すきやばし次郎」でお昼を頂いた。最近はNHKで取り上げられることが多く、ますます予約が難しくなっているらしい。
12人でカウンターを独占し、お任せで1時間。何もかもが、そのタイミングに一番美味しく出てくるように早朝から下ごしらえされている。最高の贅沢。 このくらいの年齢になると、食べることで感動することは、そうはないと考えていた。その思い込みを見事に覆したのが、小野次郎さんだ。364日粗食に耐えてでも、健康な限り、年に1度は、ここに来て、日本人に生まれた幸せをかみ締めたい。 口に入れた途端、魚の風味が口の中で広がる。下ごしらえに十分な手間隙がかけられているのと、少しきついくらいの酢飯が、それを可能にしているのだ。今月は貝類が充実していた。特に「とりがい」に驚いた。実は私は貝を美味しいと思ったことがない。だから、普段はカウンターにすわると、ほかのネタばかりを注文する。そんな私が「とりがい」に感動するのから、いかばかりかご想像いただきたい。 鮑には未だ早かったのが残念だったが、これがまた、最高なのだ。それまで口にしたものは何だったかと、昨年頂いた折には、ただ唸るばかりだった。こはだも、あじも。ああ、舌鼓どころではない。おおとろも、あなごも、うにも舌の上でとろけるようだ。なんという幸せ・・・。舌鼓どころではない。 今回の内容は、益弘さんの解説とともに、『美味サライ』に掲載されるらしいので、ぜひご高覧を。 私の隣に座っていた関係者によれば、同じ号の取材でロブションにインタビューしたところ、ひたすら次郎さんを絶賛していたという。あのロブションでさえ次郎さんの腕に唸ったのだから、私はただただうーんうーん、の連続である。 息子さんいわく「今回は津波の影響で大変でした」 そうなのだ。この地球変動の折、魚がコンスタントに入ってくるとは限らない。私も元気、地球も元気なうちに味わっておかないと。 またまた、日本人に生まれて良かったと感じた瞬間でした。小野次郎さん、ありがとう。 # by satocantik | 2010-04-17 23:19
2010年 04月 14日
たったいま歌舞伎座より帰宅。第三部、最後は「助六」。
私がいまの歌舞伎座に足を踏み入れるのも今日が最後かと思うと、急に寂しくなった。芝居が観られないだけでなく、切符がないと、中に入ることさえできない。いや、違う。この空間そのものがなくなってしまうのだ。 終演がほぼ22時だったので、さすがに疲れた。詳しいことは気を取り直して改めて。 # by satocantik | 2010-04-14 23:14
2010年 04月 09日
以前より再三、民主党の子育てばら撒き支援はおかしいと発言してきた私たが、ここへ来て急に、メディアが指摘を始めた。なんで今ころ? 法案が通る前にこそ騒ぐべきなのに。
しかし、この私にも盲点だったのは、外国の子どもを養子にすれば、私にも月々2万6千円がもらえるということ。だったら、世界各地の知り合いの子どもと養子縁組して、私も子育て支援、現金支給してもらおうじゃないの。当然、そこを狙う犯罪グループも出てくるだろう。 子どもは社会が育てるものなら、なぜ早急に保育園を造らないのか。5年かけて設けるなんて、いま必要なお母さんはどうすればいいのだろう。2万6千円では、ベビーシッターだって雇えない。 私が総理だったら、まずは東京都知事とともに、JRや東京メトロとタイアップして、都市部の駅中に簡単な保育所を作ることを考える。駅までだったら、子どもが病気になっても、お母さんは職場からすぐに飛んでいけるではないか。雇用促進にもなる。 誰でも考えられるこんな簡単なことを、なぜやらないのだろう。日本国家を貧乏にし、日本人の意欲をそぐための愚策としか思えない。それでもやるというのだから、選挙対策のばら撒きとしか考えられないではないか。 次の選挙は、民主党の愚策ともいえる子育て支援を争点に闘うべきだ。野党頑張れ!政権与党の政策のどこが愚かなのかを浮き彫りにして、日本の将来につながる、意味のある子育て支援を提示できる政党にこそ、私たちの清き一票は投じられるべきである。 # by satocantik | 2010-04-09 11:49
2010年 04月 07日
アメリカから帰国してみると、楓の蕾が固くなっていた。次第に芽吹き始め、ついには昨日、赤い花を発見。なんだか子どもを育てている気分。
楓の花については、季語を調べるうちに知った。一体、どんな花なのかと思っていたら、自分のマンションのベランダで、その存在を確認できたのである。 「和」にこだわって、床の間もどきの棚を造り、白いローマンシェイドで障子風にし、坪庭のごとく石庭が見えるようにしようと考えたのは数年前。小石を敷き詰めただけでは寂しいので、大きなプランターに竹も植えてみたのだが、陽が十分に当たらないのと、私が出張がちなことが祟って、ついに枯らしてしまった。 以来、竹を捜し歩いていたのだが、今年の初め、ようやく竹とともに楓を植える運びとなったのである。 ところが、その時期の楓は葉をつけることもなく、ただ枝ぶりに風情があっただけ。果たしてどうなることやらと思っていたら、3月からいきなり芽吹き始めたというわけだ。 若葉には産毛があって、なんともいとおしい。おまけに、赤い花を自分の目で確かめることができたのは、大きな収穫であった。 この写真は近々新しくするでご紹介したいと思う。現在、自分でアップできるように練習中。 # by satocantik | 2010-04-07 12:57
2010年 04月 06日
桜の季節、絶対にお勧めの花見スポットは青山墓地。外苑前から下ってくるのも、墓地下から上がっていくのも、墓地中央から始めるのもいい。とにかくずーっと桜のアーチで空が見えないほど。
歩くなら、満開から散りかけがいい。花びらがはらりはらりと降る中を、朝早く、あるいは昼下がりに一人歩くのがもっといい。とりわけ今日などは、風がそよいで桜吹雪が舞う。初雪を思わせるその様に、涙がとまらなくなる。日本人に生まれてよかったと思う瞬間でもある。 人はどうしてこんなに桜に惹かれるのだろう。春になって桜の咲く様は、日本人の原風景と言っていいだろう。ワシントンDCのジェファソン・メモリアルで観たときには、この感動はなかった。 カメラを向けると、幹の黒さが際立って、桜がたくましいことを如実に写し出すことになる。なのに、肉眼で見ると、淡い桜色がなんと清らかではかなげだ。そんな桜に、日本人は自分たちを重ねているのではないだろうか。 今日あたり、目黒川の桜はどうなっているだろう。川面に張り出した枝ぶりに、二分咲きでも十分に魅力はあるのだが、満開が過ぎたころが気になる。花吹雪は水面で万華鏡のように気まぐれに此処彼処に寄り添い、見事な花筏を作っているに違いない。 # by satocantik | 2010-04-06 14:51
2010年 04月 01日
今日から始まったことのひとつに、診療明細書の発行がある。折りしも、顎関節症が再発した私は、戸塚の病院に行き、それを確かめることとなった。
実は当初、診療明細書を吟味するつもりもなかったのだが、薬局で調剤明細書を受け取って、疑問がふつふつと湧いてきた。 顎関節症は、時として痛みを伴うために、湿布薬を出してもらう。それに処方箋料として、病院に680円支払っている。ところが、調剤明細書に、もっと理解できない数字が並んでいるのである。 調剤基本料が400円、基準調剤加算が100円、これらは、薬局の規模や体制によって決まる基本料金のようなものらしいのだが、次の2行が解せないのである。「後発医薬品調剤体制加算」に170円、「薬剤服用歴管理料」に300円。 後発医薬品調剤体制加算というのは、ジェネリックを扱っている薬局だと自動的に発生する金額だという。つまり、患者の側がジェネリックを所望しようがしまいが、それを扱っている薬局だと、自動的に170円支払いが発生しているわけだ。 だが、私の湿布薬はジェネリックとは一切関係ない。なので、そうした薬局で買うと、単純に170円、無駄な費用を払っていることになる。たとえそれがジェネリックを普及させるための制度だとしても、生活を切り詰めい者にとっては、170円だって浮かせたくなる。 また、「薬剤服用歴管理料」というのは、患者の記録を残すための費用なのだという。記録が残るのはありがたいが、病院ごとに、その周辺の薬局に行くのでは、いざ記録を集める場合にすべての薬局を網羅せねばならない。いっそ行き着けの調剤薬局をつくり、一箇所に集約するほうが賢いのだろうが、一方で、病院周辺の薬局ならば、処方箋に疑問があった場合に、すぐに確認して書き直すことも可能だ。初診の段階では、そのほうが無難であろう。 いずれにしても、調剤料が100円で、薬自体が670円。なのに、わけのわからない料金が970円も乗っているのだ。この一部は、薬局の体制よって違ってくるらしいことは今日、わかった。 そこで気になってきたのが、病院の診療明細書だ。 地域歯科診療支援病院鹿初診料に2700円。60日以上、間があくと、発生する料金だという。それにしか外来診療環境体制加算が300円。これは病院の規模によって違う値段。 病院については、紹介や評判で行き始めることが多いのだから、まあ、選択の余地はないとして、薬局については、賢く選んだほうが無駄が省ける気がするのだが、この調剤と薬剤以外にかかる費用の内訳を外からどうやって知ればいいのか。 医薬分業は日本薬剤師会の悲願だった。病院外の調剤薬局で薬が売られることにより薬剤師の職が増えたことは確かなのだが、はたして、患者から見た場合、無駄な支払いを避けるには何をすれば賢明なのか。まだまだ調べてみる必要がありそうだ。 # by satocantik | 2010-04-01 23:28
2010年 03月 31日
昨日はのブルームーンは、本当に眩しく、美しかった。20時ころ、目黒川の桜とともに、しっかりカメラに収めたところ、ダイヤモンドのように、光が放射されていて、満足、満足。
思えば、朝から空が澄み渡り、東京からでも富士山がくっきり見えた一日だった。夕日が沈む様も堂々と美しく、それを受けたかのような月の輝きだった。 今夜は百夜句会。会場はパークハイアットの和食レストラン「梢」。男女を問わず、和服歓迎の今宵、どんな着物で現れるだろうか。私はといえば、夜桜文と鼓の刺繍帯を着るつもり。どちらも、アンティークで初披露。ちょっと楽しみだ。 # by satocantik | 2010-03-31 11:19
2010年 03月 30日
昨日はエンジン01教育委員会だった。会場は東京タワーのすぐ下、豆腐屋「うかい」。ワシントンDCから東京に向かう便で隣に座った人に勧められたばかり。その偶然に驚いた。
かつてのテレビ東京、すなわち東京12チャンネルだった建物がスタジオに変わり、その隣にあった東京ボウルというボーリング場を買い取って造られたという。完全に後で作られた日本庭園なのだが、4年も経つと、それなりに自然に見える。押上のツリーが完成すると、東京タワー周辺はどうなるのだろうか。 それにしても、もう4年前から存在しているのに、私はこの店をずっと知らずにいたのだ。どうやら会員たちは皆、一度は来たことがあるらしい。料理は特筆するほどではないが、人数の多い会合には向いている。 その昔、両親が元気で私も10代か20代のころ、高尾山の「うかい鳥山」に何度か行ったような気がする。野鳥を食べられたと記憶しているが、ここは、そこの系列である。 昨夜は塩川正十郎氏もいらして、楽しかった。北京にご一緒したときにも書いたことだが、この方のダンディさには、いつも驚かされる。お肌もつやつやで、びっくりだ。とても89歳には見えない。 「僕は女房をなくしてからのほうが元気だ」と朗らかに語っておられたが、うちの父とは正反対である。骨密度の数値が異常に高く、医者から100歳まで生きると言われたそうだ。 健やかに老いるーー母を若くして亡くしてから、私のテーマになっている。塩川さんのように歳を重ねられたら、どんなに素敵だろうと改めて思う。 # by satocantik | 2010-03-30 08:01
2010年 03月 28日
金曜日は YUKI TORII の東京コレクション@ミッドタウン。またまた可憐な服がいっぱいで、興奮した。打ち上げは西麻布の某所。店の前の桜は半分くらい咲いていて、夜桜込みで月の写真を撮りたくなったが、満月の夜に、ちゃんとカメラを持って撮影しようと心に誓う。
今日は銚子と川口の二箇所をまわり、最終電車で家路に。滅多に乗らない終電では、色々な光景が見られて、興味深かった。もう日付が変わってしまったけど。 まだ2日半しか経たないのに、なんだか帰国してから一週間くらい時が流れた気がしている。時差ぼけのせいだろうか。 # by satocantik | 2010-03-28 01:56
2010年 03月 23日
月曜日に備え、議会図書館で本のリクエストをしておき、DCの国立公文書館に移ってリサーチの続きをする。土曜日にはシャトルバスがないので、メリーランドには行かない。
資料のコピーはイメージだけならデジカメで間に合うが、細かいドキュメントは、ゼロックスと併用する。プリペイドのコピーカードにクレジットカードで入金しようとしたら、機械が受け付けてくれない。マイクロの部屋でも同じだった。スタッフいわく「この機会、時々カードも受け付けるけど、今日はどうだかわからない」。 閲覧室には最低限のものしか持ち込めない。長財布も禁止。カードも入る小銭入れにカード以外は3ドルくらいしか入っておらず、20ドル札を取りにロッカー室に行く。 アメリカ人は故障に対して寛大だ。地下鉄のエスカレータもしばしば故障したまま動かないことがあるが、人々も文句も言わずに、階段と化したエスカレータをテクテク歩く。停電でも、動揺しない。 17時に追い出されてアパートに戻り、ジョージタウンの街を歩いてみる。春めいた陽気と週末の開放感で、街は予想以上に賑わっている。どこのレストランも一杯だ。 あっ。見慣れた店構えを見て、初めて気づいた。こんなところにアバクロがあった。ずっと以前からこの前を通っていたのに、外から見えるアイテムが私の興味の対象外で、ただ素通りしていたのだった。 ここは、ほぼサンフランシスコと同じようなカジュアルな店づくりだ。私の探していた綿ニットも売られていたが、NYで既に買っていたので、軽く見学して外に出た。 たしかに、NY五番街のアバクロは、東京銀座のそれと似ていた。香水も強いし、音楽のうるささもクラブ風。とはいえ、銀座ほどには力が入っていない印象を受けた。何より、お兄さんたちがイケメンでなく、フツーにしか見えない青年なのだ。 驚いたのは、私が探している綿ニットの色の豊富さ。サンフランシスコやDCのジョージタウンでは3色なのに、白、ターコイス、ウグイス色、もしかするともう一色あったかもしれない。アバクロのテイストと少し違うので、人気がないようだった。店には世界中の観光客が次々訪れていた。 聞くところによれば、アメリカでアバクロの勢いは低下しつつあるという。五番街の外国人観光客と海外進出が、生き残りの鍵なのかもしれない。 # by satocantik | 2010-03-23 20:37
2010年 03月 23日
さかのぼって、土曜日の話。
週末はアパートの接続がうまくゆかなかったのでした。 土曜日は朝から議会図書館に出かけた。まずは本をリクエストして、月曜日夜に備える。公文書館の後で訪れても、本が出ていれば、時間を有効に使える。 リーディングルームのカウンターでは、IDカードがリニューアルしてウェブからリクエストできるようになったといわれたのだが、急ぐのであれば、これまで通り画面検索して手書きで提出したほうが早い。 しばらく来ていなかったので、段取りを間違えることが多い。リサーチャー用の入り口に来て思い出した。土曜日は、ここから入ることができなかったのだ。はるばる周ってきたのに、また大きな道路を渡らなければならない。そして案の定、地下道のあるフロアを間違えた。早くも迷子になりかける。 本のリクエストを終え、外に出ようとして、またまた意図せぬ場所に出てしまった。途中で会った、かなり肉付きのいい職員のオバサマたちに誘導され、観光客と同じ出入り口へ。 凄い!中も外も観光客でごった返している。すぐそこにある議事堂とセットで見学している風だ。これも、ダン・ブラウン効果か。 日本政府も観光客を呼びたければ、日本に埋められた謎を村上春樹さんに書いてもらい、世界中に翻訳本を出せばいいのではないだろうか。 # by satocantik | 2010-03-23 17:01
2010年 03月 23日
議会図書館のリーディングルームにいます。
21時に閉まると思っていたら、21時半まで大丈夫でした。本が届くのを待っています。 ダン・ブラウンのせいで、本を運ぶベルトコンベアが気になります。一冊ごとに本を置く枠が設けられているのですが、だとすると、人間がこの上に乗れるのかどうか。もしかしたら、以前はこの枠はなかったのかもしれません。バゲージクレームのスーツケースと同じにしか見ていなかったのでしょうか。全く記憶にありません。 出入り口のガードマンは、コンピュータ画面に夢中でした。カードゲームで遊んでいます。 公文書館で見かけた、白髪のロングヘアが印象的な少し気難しそうなお姉さまがーーおそらくは欧州か南米の50代の研究者だと思うのですが、やはり議会図書館にやって来ました。滞在中に効率よく梯子するところは、私と同じです。 # by satocantik | 2010-03-23 10:06
2010年 03月 21日
大失敗――。
議会図書館が21時まで開いているのは金曜日と思い込んでいたが、実は昨日の木曜日こそ21時までであり、今日は17時で閉まってしまったのだ。 つまり、17時発のバスでメリーランドからDCに戻り、それから議会図書館で本のリクエストをする梯子計画が、無残にも崩れたのである。 アパートに戻ってPCやカメラを置いた後、SAFEWAYという普通のスーパーに出かけた。スプレイ式のホイップクリームを買うためである。 スーパーがあるのは、ウォーターゲートビル。日本を発つ前に、NHKBSで「大統領の陰謀」を観たばかりだったので、つい身近に感じてしまう。今回与えられた部屋からは、このビルがよく見える。西の方角にあるので、夕景が美しい。 今回は議会図書館も違って見えるはずだ。日本からの機内で読んだダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』の上巻の逃走劇は、この議会図書館が舞台なのだ。ワシントンDCの話だからと、つい成田のツタヤで上下巻、買ってしまった。 議会図書館では、3つのビルディングを行ったり来たりするのが難儀だった。必ずといっていいほど、迷子になる。資料によっては、アダムスだのジェファソンだの、申請する部屋の建物もまちまちで、あちこち振り回されたものだ。請求してから45分待たないと出てこない。だから、平行して、色々な資料をリクエストしておく必要があるのだ。 中心にあるリーディングルームが八角形であることは、この本を読むまで意識していなかった。ただ、大理石と木の融合した中世の教会や美術館を思わせる空間に身を置くだけで、ものすごく賢くなった気がして、21時の閉館まで読みふけった。日本の図書館も、もっと伝統文化の匂いがするようにすればいいのに、とつくづく思う。 そういえば、国会図書館は、ロックフェラー財団の寄付で建てられたものなのだが、戦後、資金がなかったからとはいえ、もう少しデザインに工夫があっても良かった気がする。バブル期の税収が潤沢だったときに、一部改築しても良かったのではないか。同じ公共事業でも、もっと日本人の心のよりどころとなる文化財に国家予算を投じるべきだったのである。それが、後世に財産となることに、政官ともに誰一人目配せできなかったことが、残念でならない。 # by satocantik | 2010-03-21 15:07
2010年 03月 19日
公文書館通いの日々が始まった。
地下鉄の駅まで歩いて5分ほど。去り行く冬を包み込むようなワシントンの春の陽だまりを歩くのが好きだ。 とはいえ、早朝は風が冷たいので、外に出てから部屋に戻り、中を半そでにして、ダウンを羽織った。 ワシントンDCにある国立公文書館の本館からメリーランドの別館へとバスで移動する。時差を引きずっているせいか、バクスイしてしまった。 入り口の荷物検査で入館証を見せ、期限切れを指摘される。一昨年末で切れていたのは意外だった。そういえば1年前の4月、入稿してから初校が出る前に写真を探しに来るつもりだったが、インフルエンザ騒動で思いとどまったのを思い出した。成田で足止めを食っては、校正が思うようにはかどらないと考えたからだ。 地下鉄アナウンスの声も若返ったような気がする。コンピュータで作っているのかもしれず年齢は関係ないかもしれないが、トーンが高くなり、アナウンスのリズムも明らかに変わっている。 アキュビストたちの顔ぶれも随分変わった。知っている顔がオフであるにしても、初めて会う人が大半だった。部屋のレイアウトも変化している。 夜は得意のTRADER JOESに出かけ、食材を買い込んだ。オーガニックが売りで、値段も安く、店員のモラルも高いのはいつもと変わらない。 つい生のアーテクチョークを買いそうになったが、今回は短期間なので、瓶詰めのマリネを試すことにした。あとは、お決まりの、オーガニックのキャロットジュースやアボカド、葉っぱもの、マッシュルーム、たまご、シナモンのパンを揃え、ひき肉とハムを買って終わり。コーヒーはハワイコナ。ビールはブルームーン。冒険するのも悔しいので、つい定番に落ち着いてしまう。 それにしても、アメリカは水が相変わらず、ひどい。塩素が強いのだ。飲料水はミネラルウォターを飲むとして、お風呂と洗顔に支障をきたす。皮膚がガビガビガサガサになるから、困ったものだ。日本人の肌がきれいなのは、水質の良さによるところも大きいのではないだろうか。 その日本の水源を山ごと中国人が買い占めているという。それだけは死守してほしいと願うのだが、親中の民主党政権には、聞き届けられない願いだろうか。 そういえば、国際機関で働いている友人が、ここ数年の間に、組織内の中国人のポジションが変わったと言っていた。 # by satocantik | 2010-03-19 13:33
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